—— 厚生労働省「支給要領」と退職処理の間に存在する、奇妙な符合

住友生命小山支社において発生した、障害者雇用労働者の「700日の就労不能(労災認定)」という重大事案。 会社側は一貫して、退職の経緯は「本人の意思に基づく合意退職(自己都合退職)」であったと主張しています。しかし、退職届が一切提出されていないにもかかわらず、なぜ会社側はこれほどまでに「自己都合退職」としての処理を急ぎ、離職票の発行を強行したのでしょうか。

当時の不自然な退職処理プロセスと、同社が受給していた「雇用関係助成金」の厳格な制度的ルールを照らし合わせると、会社側が「自己都合退職」の体裁を整えたことによって、経営上の極めて重大なペナルティを回避しているという事実上の結果(構造) が浮き彫りになります。

1. 客観的証拠:助成金受給を阻む「事業主都合の離職」という壁

本件の被災労働者は障害者雇用であり、会社側はこれに関連する「特定求職者雇用開発助成金」等を受給していました。 厚生労働省が定める『雇用関係助成金支給要領』によれば、これら助成金の支給対象事業主となるためには、労働関係法令違反がないことに加え、極めて厳格な共通要件が定められています。

【特定求職者雇用開発助成金の支給要件(抜粋)】 「基準期間(中略)において、当該雇入れに係る事業所で雇用する被保険者を解雇等事業主の都合で離職させた事業主以外の事業主であること。

すなわち、労働者を「事業主都合で離職(会社都合退職・解雇等)」させた場合、事業主は助成金の受給要件を満たさなくなります。労災によって就労不能となった労働者を会社側の都合で退職させれば、労働基準法第19条(解雇制限)違反となるだけでなく、 全国の事業所における雇用関係助成金の受給資格喪失(支給停止措置)という経営上の致命的なダメージ に直結する仕組みとなっています。

2. 「自己都合退職」の強行と、回避された全社的リスク

退職手続きの過程で会社側がとった行動と、その結果として維持された助成金要件の事実関係を整理すると、以下のようになります。

  • 役場への手続き保留(保険証を盾にした圧力) 会社側は、退職日直後に役場から国民健康保険への切り替えについて照会を受けた際、「書類(退職届等)の送付がないため手続きできない」と回答し、自ら手続きを『停止』させています。もし労働者がこの圧力に屈して自己都合退職に同意する書類を出していれば、会社は無傷で助成金要件をクリアできていたことになります。
  • 「退職届なし」での自己都合退職の強行 最終的に労働者が退職関連書類の提出を拒絶し、ハローワーク等への相談を明言したにもかかわらず、会社側は1ヶ月以上経過した後に「自己都合退職と判断して」離職票の発行を強行しました。 労働者の署名がなくとも「自己都合退職」の外形を整えた結果として、 会社側は「事業主都合の離職」という助成金停止の引き金を引くことを回避しています。

3. 行政の縦割りがもたらした「企業の免罪」

労働者から離職理由に関する異議申し立てを受けたハローワークも、最終的に「会社都合退職」への変更は行わず、 「正当な理由のある自己都合退職」 という玉虫色の認定に留めました。

「雇用保険法の管轄である」という行政の縦割りの論理によって「会社都合」認定が見送られた結果、 企業側は「労働基準法違反(解雇制限の潜脱)」の追及を免れただけでなく、厚生労働省の支給要領が定める「助成金停止」という全社的ペナルティをもノーダメージで回避することに成功しました。

結論

会社側が主張する「早期の退職要望を受け、丁寧に対応した結果の合意退職である」という説明は、労働者から退職届が提出されていない事実、および役場の手続きを自ら『停止』させていた事実と全く整合しません。

一方で、これらの一連の不自然な対応は、 「会社都合退職による全社的な助成金停止措置」という巨大なリスクの回避という結果に向かって、完璧なまでに合致しています。 制度の隙間を突き、行政機関の不作為(縦割り)を利用することで、大企業が自らのコンプライアンス違反の責任とペナルティを消滅させていく構造が、この退職処理の経緯とその結果に明確に示されているのです。

労働行政側:「管轄の違い」を盾にした労働保護の放棄