―― 証拠保持の強制による行政の調査義務の確定 ――
本件事案において、被災労働者は会社からの「退職書類」の受け取りを拒否して合意退職の偽装を防ぎましたが、実は「労働行政」に対しても、全く同じように相手の責任逃れを見抜いた「ある拒絶」を行っていました。
大阪労働局(大阪助成金センター)が開示した令和4年6月1日付の電話記録(公文書)の末尾には、労働局の担当者と被災者との間で交わされた、以下の異様なやり取りが記録されています。
労働局: 「なお、送付された資料を返送する。と説明したところ」 被災者: 「住友生命が障害者に対して行っていること大阪労働局の人にも認識して欲しいため、返送は不要です。」 1
なぜ労働局は証拠資料を返却しようとし、なぜ被災者はそれを拒んだのか。 そこには、自らの調査義務から回避しようとする行政の対応と、それを論理的に封じ込めた労働者の高度な戦術が隠されています。
1. 「資料の返送」に隠された行政の自己防衛
大阪労働局は、この電話の中で「他の労働局から法令違反確定の情報が来ない限り、助成金の不支給判断はしない」と宣言し、独自の調査を行うことを事実上拒絶しました。 その直後に飛び出したのが「あなたが送ってきた証拠資料は返送する」1という提案です。
行政機関にとって、手元に「大企業の明白な法令違反を示す証拠(未払い賃金の記録や公的な報道記録など)」が存在し続けることは、極めて不都合です。証拠を持っているのに調査をしなければ、明らかな「職務怠慢(不作為)」となるからです。 したがって労働局は、 資料を本人に突き返すことで「当方の手元には客観的証拠がなかったので、調査に踏み切れなかった」という、後日の責任逃れのための証拠を非保有化することで、調査義務が発生する端緒そのものを消失させる意図があったと評価せざるを得ません。
2. マニュアル(支給要領)との致命的な矛盾
さらに、労働局のこの「証拠を返送する(受け取らない)」という態度は、厚生労働省自身が定めたルールに真正面から違反しています。 『雇用関係助成金支給要領2(0703ホ・ヘ等)』には、労働者から法令違反の申出があった場合、労働局は自ら 「これに係る客観的な証拠の提示を求める」「労働関係法令に違反するものであること等を確認する」 という厳格な義務が明記されています。 「証拠を提示させろ」と定めたマニュアルに従うべき機関が、受理した資料を返送しようとした行為は、支給要領に定められた『証拠の確認義務』の不履行に直結しうる対応です。これは行政による調査義務の意図的な放棄に他なりません。
3. 「返送不要」の意思表示が課した永続的な説明責任
被災者は、労働局が証拠を手放して「知らなかった」と責任逃れをすることを完全に予測していました。だからこそ、「労働局にも認識して欲しいため、返送は不要です」と明確に拒絶し、資料を大阪労働局の内部に強制的に留め置かせました。
この「作戦」により、大阪労働局は決定的な自己矛盾を抱えることになりました。 彼らは 「住友生命の法令違反を示す客観的証拠を確実に受理し、内部で保有しているにもかかわらず、自らの調査マニュアルを無視して巨大企業への助成金支給を継続させた」 という事実から、永久に逃げられなくなったのです。
結論:記録に刻まれた「見て見ぬふり」の証明
「退職書類の受領拒絶」が企業の偽装を阻んだように、「証拠資料の返還拒否」は労働行政の対応の不自然さを可視化させました。
もしあの時、行政の申し出通りに資料を回収していれば、当局は後日「具体的な証拠の提示は受けていない」との主張を維持できたはずです。しかし被災者が返送を拒絶したことで、公文書の末尾には**「法令違反を証明し得る客観的資料を確実に受理しながら、行政がその精査と調査義務を放棄した」**という動かぬ事実が、行政自らの記録として永続的に保存されることとなったのです。