栃木労働基準監督署が自らの「労災認定」を黙殺した法的矛盾と不作為の構造

本件事案において、管轄行政庁である栃木労働基準監督署は、住友生命による明白な労働基準法第19条(療養中の解雇制限)違反等の疑いに対し、調査および是正指導の権限行使を終了させている。

労働基準監督官には、法違反に対して是正勧告に留めるか、刑事事件として書類送検を行うかについての「実務上の裁量」が認められている。しかし、本件において同署が取った対応は、この適法な裁量権の範囲を決定的に逸脱した 「客観的証拠の黙殺による、調査および違法性判断の放棄(不作為)」 と評価せざるを得ない行政手続上の重大な不備を露呈している。

以下に、同署の対応がいかに行政手続として法的に破綻しているかを、客観的記録に基づき論証する。

1. 行政自らの「公的認定」を否定する自己矛盾

栃木労働基準監督署は、被災労働者に対し「2021年7月13日から700日間に及ぶ就労不能(休業補償給付)」を労災として公的に決定している。労働基準法第19条は、この「業務上傷病による休業期間中」の解雇および実質的な退職強要を絶対的に禁止する 強行法規 である。

行政機関自らが「当該期間が絶対的な解雇制限期間に該当する」という前提事実を公文書で確定させていながら、同署は2021年9月30日の相談記録において、以下のように処理方針を示している。

【2021年9月30日付 栃木労働基準監督署相談票】 「当事者間で、退職日に争いがあるときに、直ちに法違反といえない」

20210930労基署相談票

強行法規は、当事者間の合意の有無(あるいは争いの有無)にかかわらず、客観的な事実関係に基づいて強制的に適用されるべきものである。 自ら『労災による休業期間である』と認定しておきながら、『企業側が合意退職だと主張している』ことのみをもって違法性の判断を回避することは、行政認定の整合性を自ら破綻させる、看過し得ない自己矛盾である。

2. 「裁量」による送検見送りではなく「判断自体の停止」

一般に、労働基準監督署が書類送検を見送る正当な理由は、「行政の指導に従って企業が違法状態を是正した場合」か、「証拠が不十分で法違反が立証できない場合」に限られる。

しかし本件においては、会社の一方的な退職処理は現在も撤回されておらず、未払い賃金についても会社独自の解釈に基づく『条件付きの供託』が行われたのみであり、違法状態は何一つ是正されていない。さらに、証拠については前述の「700日間の労災認定」が存在しており、立証要件は完全に満たされている。

是正もされず、客観的証拠も揃っている。本来であれば、厳正な是正勧告ないしは送検措置が不可避となる事案である。それにもかかわらず、栃木労働基準監督署は第三者機関である総務省を通じた照会に対し、以下のように回答して処理を強制終了させている。

【2026年2月24日付 総務省経由での栃木労働基準監督署からの回答】 「当署が相談者から受け付けた相談については、必要な調査等の対応は全て完了している。」

総務省行政相談回答

証拠が揃っているにもかかわらず違法と認定せず、かといって「適法である」と明言することもできない。結果として、 「事実認定と法的評価を意図的に途中で打ち切り、判断を下さないまま『完了』という処理枠に押し込んだ」 というのが客観的な実態である。

3. なぜ「公権力の放棄(不作為)」が選択されたのか

客観的な証拠が存在する事案に対し、法の執行機関である労働基準監督署が、独自の調査・判断権限を事実上封印してまで「不作為」を選択した背景には、何があるのか。

仮に、栃木労働基準監督署が住友生命に対し、労基法第19条違反や未払い賃金等について是正勧告や書類送検に踏み切った場合、同社は 「雇用関係助成金の不支給要件(労働関係法令の違反)」等に該当する。その影響は、全社的な助成金の停止や返還、さらには公共事業の指名停止措置など、組織全体に及ぶ巨額の経済的ペナルティへと発展する可能性がある。

本件における行政の対応は、「大企業に対する重大な行政処分の波及効果を回避するため、『当事者間の争い』という民事上の形式に問題を矮小化し、強行法規の番人としての是正権限をあえて行使しなかった」ものと、提示された事実関係から合理的に推認される。

結論:行政の存在意義を問う「空白の回答」

栃木労働基準監督署の一連の対応は、単なる実務上の判断や裁量権の行使といった枠内に収まるものではない。

自ら確定させた「700日間の労災認定」という客観的事実と、労働基準法第19条という強行法規が眼前にありながら、法的評価を停止し「対応完了」と強弁する姿勢は、法の執行機関としての自己矛盾を露呈している。

確たる証拠が存在する事案に対し、行政が法に基づく評価を回避し続ける態度は、労働者保護という労働基準監督行政の根幹を揺るがすのみならず、法治主義における行政の信頼性を自ら放棄するものと言わざるを得ない。