―行政の初動の不作為がもたらす残酷な結末
大手自動車企業の社員が過労自死した事案において、企業側が長時間労働の証拠となるPCの作動時間について「PCは廃棄した」と虚偽の説明を行っていた事実が発覚した(2021年読売新聞1)。この際、企業側は隠蔽に関与した担当者を社内処分し、「ご遺族とは円満な解決をしている」と説明したのみで、 証拠保全を妨害した法人として書類送検等の法的責任を問われることはなく、無傷のまま処理を終えている。
しかし、事態は全く「円満解決」などしていなかった。初期段階で行政(真岡労基署)が独自の調査権限を行使せず、企業の虚偽説明を看破できなかった結果、遺族は9年にも及ぶ過酷な闘争(行政への不服申し立ておよび裁判)を強いられたのである。さらに2024年の福岡地裁判決において、裁判所は「持ち帰り残業には私用の余地がある」等の理由で労働時間を少なく見積もり、遺族の訴え(労災不認定の取消し)を棄却した(2024年読売新聞2)。
初期段階で企業が客観的証拠を隠蔽し、行政が独自の調査権限を封印してそれを事実上容認してしまえば、事後的に労働者や遺族が司法の場で真実を立証することは極めて困難となる。この事案は、 「行政の初動の不作為が、最終的に裁判所の事実認定をも歪めて労働者を絶望的な敗訴へと追い込む一方で、原因を作った大企業側は無傷で存続し得る」 という残酷な現実を社会に突きつけた。
この事案が示すのは、司法の場における労働時間認定の厳格なハードルである。裁判所は、 客観的証拠(PC記録)が存在していても「操作の空白時間」を私用とみなし、労働時間から除外する。企業側が「指示していない」と強弁すれば、労働者側がその業務の強制性や実態を事後的に立証することは極めて困難 となる。
本件事案(住友生命)において、企業側は「PC遮断後に業務をしたのであれば自己申告できたはずだ(会社は指示していない)」と主張している。行政が独自の調査権限(関係者への聴取や実態の推認)を行使せず、企業の「判断できない」という認否の留保をそのまま受け入れて調査を打ち切ったことが、事後的な労働者の権利保護(司法での立証)においていかに致命的な「権限の放棄(機能不全)」であるかは、この悲劇的な他事例の結末を見れば明らかである。
Footnotes
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20211002読売新聞 【独自】自殺社員のPC隠蔽、遺族に「廃棄」と説明…ホンダが7人懲戒処分
webarchive:https://web.archive.org/web/20251005031036/https://www.yomiuri.co.jp/national/20211002-OYT1T50042/
20211013自殺のホンダ社員遺族、補償不支給取り消し主張…労災 国不認定で、福岡地裁第1回口頭弁論
webarchive:https://web.archive.org/web/20211013092527/https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20211013-OYTNT50057/ ↩ -
20240720読売新聞_ホンダ社員の自殺、福岡地裁も労災と認めず…持ち帰り残業に休憩や私用の余地「強い負荷認められない」
webarchive:https://web.archive.org/web/20240915121704/https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20240720-OYTNT50067/ ↩