――三井住友海上と住友生命に見る、戦慄の符合
大手保険・金融企業が、自らの負担する賠償額や法的責任(リスク)を抑制するために、障害を持つ個人の「命の価値」や「労働の価値」をいかにして形式的に極小化し得るか。その法務戦略の一端は、他社の事例においても社会問題化している。
2018年に発生した聴覚障害を持つ女児の死亡事故の損害賠償訴訟において、加害者側の保険会社である三井住友海上は、将来の就労で得られるはずだった「逸失利益」について、「重度の難聴により労働能力が失われている(大学進学や正社員就職は困難)」「聴覚障害者の平均賃金を用いるのが合理的である」などと主張し、健常者の子供の「約6割」の額にとどまる主張を展開した。さらに同社は裁判当初、これを「約4割」と算定しており、10万筆を超える批判署名が集まった後に引き上げた経緯がある(2021年産経新聞1、2025年Yahoo!ニュース専門家記事2)。
個人の努力や実際の能力、あるいは公的機関が認定した事実を個別に評価するのではなく、自社に有利な「統計」や「形式的基準」を機械的に当てはめることで、法的責任や賠償額を合法的な枠組みの中で限界まで抑制しようとする。これが組織的な行動原理として機能していることが窺える。
そして本件事案において、住友生命が取っている対応は、この「リスク極小化の論理」と完全に軌を一にするものである。 同社は、労働基準監督署が公的に認定した「700日の就労不能」という重大な労災事実(被害者が身体障害者手帳保有者である事実)について、現在に至るまで事実関係の認否を留保し続けている。それにとどまらず、労働組合に対する公式回答書(2024年11月27日付 第2回回答書3)において、この700日間の就労不能に対する 「謝罪および補償については対応いたしかねます」 と公式に宣言し、被害の回復を正面から拒絶したのである。 その上で、自らは「算定根拠を示さない20万円程度の未払い賃金の供託」という一方的な形式的手続きのみを実行し、これをもって労働者との関係を遮断(事案の終結)を図っている。
同じ「住友」を冠する日本を代表する大手企業グループが、別々の事案において、被害者の「障害」という属性を、事案の実態に即して配慮する対象としてではなく、自らの補償責任や支払額を切り下げるための「形式的な減額根拠」として用いている構図が存在する。 相手方の「20万円の供託」や「補償の拒絶」は、決して個別担当者の裁量などではない。それは、社会的責任やウェルビーイングという理念の裏で稼働している、保険業界に蔓延する「障害者の権利を形式論によって徹底的に切り下げる構造的病理」の現れであり、その実態を社会に提示する客観的な記録と評価せざるを得ない。