労働基準監督官が成り手不足になるのは当然の帰結です。 目の前で苦しむ被災労働者からは「なぜ証拠があるのに放置しているのか」と責められ、大企業に「知らぬ・存ぜぬ」とはぐらかされ、上部機関からは大企業の全社的リスクを恐れて権限を縛られた挙句、最後は現場の責任として切り捨てられる。 「法に基づき、正しい違法性判断を下す」という本来の職務すら完遂できないこの完璧な「板挟み」の構造の中で、一体どこに矜持を見いだせるのか。

「労働者を守る」という志を持って入庁した人間に対し、大企業への忖度と逃げ口上を繰り返させるシステムを放置しておきながら、「労働基準監督官の成り手不足だ」と嘆くなど、国家の制度設計としてあまりにも滑稽であり、破綻しています。 人員不足は、この行政機構がすでに「法執行の現場」としての機能を自ら殺していることの、当然の帰結なのです。


この「欠陥システムからの見放され」による組織の空洞化は、末端の人員不足にとどまりません。現場のトップであり防波堤となるべき「署長・副署長クラス」のポストにおいてすら、その崩壊は致命的なレベルにあることを示す文書があります。

総務省情報公開審査会の答申書(令和5年度答申第112号等)には、全国の労働基準監督署における「署長等(署長・副署長)」および「署監督課長等」の『不足数』と『未充足数』に関する情報が、すべて黒塗り(不開示)とされた事実が記録されています。

国(厚生労働省)がこの具体的な数字の開示を拒絶した根拠として主張した理由は、以下の通りです。

「これらの要員不足人員数を把握することで、管内の事業場に対して適切な行政指導や司法処分を行うに 必要十分な体制が確保できていないと判断されてしまい、労働基準関係法令に係る犯罪を誘発し又は犯罪の実行を容易にし、犯罪の予防に支障が生じるおそれがある」(※答申書より抜粋)

この主張は、「実態を知られれば法執行に支障をきたす(違法行為を誘発してしまう)」ほどの深刻な要員不足が現場トップにまで生じていることを、行政自らが公文書上で認めた客観的記録です。

「必要十分な体制が確保できていない」と自認し、実態が露呈することを恐れる現場の責任者たちに、大企業と真っ向から対峙し、助成金停止等の巨大な波及効果を伴う違法性判断を下すだけの組織的余力はありません。
本件事案において、窓口の副署長が明らかな法違反の疑いを前に 「何とも言えない1 と独自の判断を留保し、「上部機関の話になりつつある」 と当場の対応を回避した事実。そして最終的に、他省庁を経由した照会に対して実質的な違法性判断を下さぬまま 「必要な対応は全て完了している」 と処理の終結を宣言した結末は、この組織の空洞化を示す公文書の記録と残酷なまでに符合します。

(※客観的事実として、かつて468点(2012年度)2であった労働基準監督官Aの一次試験合格ラインは、最新の2025年度試験においては「208点3」にまで暴落しており、低迷の固定化が国の公文書により確認できる)  

Footnotes

  1. 20220815労基署相談票「何とも言えない」と副署長権限放棄

  2. 労働基準監督行政の現状と課題

  3. 2025年度 労働基準監督官採用試験 合格点及び平均点等一覧