本件事案における企業側の対応や行政の判断停止構造を理解する上で、決して見過ごしてはならない核心的な前提が存在します。それは、本件が単なる「業務中の不注意による事故」ではなく、障害者雇用の合理的配慮として「免除されている(やらせていない)」はずの作業において発生した労災事故 であるという事実です。

この一点こそが、大企業が客観的証拠を前にしても事実の認否を回避し続け、行政が明らかな自己矛盾に陥りながらも独自の判断を停止させている「すべての構造的起点」となっています。

1. 「労災の承認」が「合理的配慮義務違反(虐待)」に直結する構造

本件の被災労働者は、上肢障害等の特性に対する合理的配慮として、「重量物運搬のないPC事務等」を前提として雇用されていました。もし本件が通常のPC作業中における事故であれば、企業側もここまで事実関係を争う理由は少なかったと推測されます。

しかし現実には、免除されていたはずの重量物運搬等において左脊椎神経損傷等が発生し、700日にも及ぶ就労不能(労災認定)へと至っています。企業側にとって、この労災発生の事実を正面から認めることは、単なる業務災害の承認にとどまらず、 障害者雇用促進法が定める「合理的配慮義務違反」、ひいては「使用者による障害者への身体的・経済的虐待」を自ら証明することと実質的に同義 となります。

2. 企業が「事実の認否」を徹底して回避する論理的必然性

障害者雇用において重大な労働関係法令違反や虐待が公的に認定された場合、特例子会社等グループ適用制度の認定取消しや、特定求職者雇用開発助成金の受給停止・過去受給分の返還など、グループ全社に波及する極めて重大な経営的ペナルティの発動要件に抵触するリスクが生じます。

この巨大な波及効果を回避するためには、企業側は何があっても「そのような作業はやらせていない」「当社としては把握・判断できない」と主張し続け、事実関係を「当事者間の見解の相違」という枠内に留め置く必要がありました。客観的な労災認定が下った後においてもなお、企業側が頑なに事実の認否を回避し続ける姿勢は、この「やらせていないはずの作業で起きた」という事案の特殊性から生じた論理的必然であると評価できます。

3. 行政の「最大の自己矛盾」の可視化

そしてこの事実は、労働行政の機能不全を最も鋭く証明する客観的証拠として機能しています。

労働基準監督署は、2022年4月初旬の調査において、企業側から「そのような作業はやらせていない」との主張を受けていました。しかし、同月28日に実施された被災者本人への聞き取り時に提示された多岐にわたる客観的証拠群を基に再調査を行ったうえで事実関係の再検証を行った結果、最終的に「労災により700日の就労不能」を公的に認定しました。すなわち、 国自身が「会社は(免除されるはずの)作業をやらせていた」という事実を客観的に認定した ことになります。 それにもかかわらず、同じ管轄内である労働局職業安定部(障害者虐待担当)は、企業側の「合理的配慮の提供に努めていた」という主張を受け入れ、「証人や証拠が提示できず」として虐待事案を「不明(実質的な問題なし)」として処理を終結させました。1
また、参考として申し添えれば、各種助成金の支給の適否を判断する部署もこの労働局職業安定部となっています。栃木労働局業務内容

「国(労基署)が労災として『やらせていた』と公的に認定しているにもかかわらず、なぜ同じ国(労働局)が虐待調査においては『やらせていた証拠がない』と結論づけられるのか。」

この決定的な行政の論理破綻は、「やらせていないはずの作業で労災が起きた」という客観的事実が存在する限り、決して合理的に説明することは不可能です。

結論

「やらせていないとされていた作業での労災発症」。この事実は、企業が事実の認否を留保し、行政がそれに同調して判断を停止するメカニズムを解き明かす「最大の矛盾点」です。本件が単なる個別労使紛争ではなく、法令違反に対するペナルティ回避と行政の不作為が複雑に絡み合った構造的な事案であることを、この事実は強く証明しています。

Footnotes

  1. 行政判断の放棄と「調停」への誘導