「生産性評価制度」と労働時間申告における構造的課題
住友生命保険相互会社(以下、住友生命)が働き方改革「WPIプロジェクト」の一環として導入した「生産性評価制度」には、労働時間の削減を推進するためのインセンティブが組み込まれています。しかし、その具体的な制度設計と、厚生労働省が定める労働時間管理のガイドラインを客観的に照らし合わせると、同制度が労働現場において「適正な労働時間の申告を構造的に阻害する要因」として機能していた可能性が記録から示唆されます。
1. 客観的記録:管理職に対する「賞与ダウン基準」の存在
信金中央金庫地域・中小企業研究所のレポート(2021年8月10日付)によれば、住友生命は2019年度より「生産性評価制度」を導入し、部門の労働時間削減を推進するため、所属長(管理職)に対する強力なペナルティ規定を設けていました。
【所属長の賞与支給ランクのダウン基準】 「1人あたり月平均総労働時間が基準を超過する」などのダウン基準に抵触した場合、所属長の賞与支給ランクは引き下げられる対象として判定される。そのため、業務の繁忙部門の所属長や長時間労働を厭わない性格の所属長であっても、生産性向上を意識した部門運営のインセンティブが働くことになる。
この制度設計により、各拠点の所属長にとって「部下の残業時間が増加すること」は、「自らの賞与(ボーナス)が直接的に減額されること」を意味する状態となっていた。 https://www.scbri.jp/reports/.assets/finance_20210810.pdf
2. 厚生労働省ガイドラインとの関係性
一方、厚生労働省が定めた『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』においては、使用者が自己申告制によって労働時間を把握する場合の厳格な義務が以下の通り定められています。
【厚労省ガイドライン:適正な申告を阻害する措置の禁止】 使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。 また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。
「部下が残業を申告すれば、直属の上司の賞与が減額される」という住友生命の評価制度は、職場の力関係において、部下が正確な労働時間を申告することを心理的・構造的に極めて困難にする性質を持っています。これは、厚労省ガイドラインが確認を求めている「労働時間の適正な申告を阻害する要因」に該当しうる制度設計です。
3. 結論:「PCログオフ」の指示と制度的背景
小山支社における障害者雇用の労働者の事案において、労働基準監督署の公的な相談票(2021年12月17日付)には、「直属の部長より、残業をつけないよう、PCをログオフするよう強いられていた」という事実が記録されている。
「システム上はログオフさせた上で業務を継続させる」という事象が発生した背景には、現場の個人的な問題だけでなく、「記録上の労働時間を削減しなければ自らの賞与減額対象となる」という、会社が導入した評価制度(ダウン基準)の構造的な影響が存在していたと合理的に推測されます。
表面上は「生産性向上」を目的としながら、実態として労働時間管理を「自己申告」に依存させ、かつ「申告すれば上司の不利益になり得る」という制度を構築していたことは、企業における労働時間管理の適正性に重大な課題を生じさせる要因であったと言えます。