—— 権限と実態認定の乖離がもたらす行政の不作為 ——
労災による就労不能を理由とする退職処理において、会社が発行した「自己都合」の離職票に対し、労働者はハローワークへ異議を申し立てました。ハローワークはこれに対し約5か月間という長期間にわたる審査を行いましたが、結果は「正当な理由のある自己都合退職」という認定にとどまり、「会社都合退職」への変更は行われませんでした。
本件において確認されるべき制度上の課題は、結論そのものよりも、 「5か月という期間を要しながら、ハローワークが法に基づく職権調査の権限を実質的に行使せず、独自の事実認定に至らなかった経過」 にあります。
雇用保険受給資格者証(仮)
1. 法律がハローワークに与えている「職権調査」の権限
前提として、ハローワークは企業から提出された書類を形式的に受理するだけの機関ではありません。雇用保険法第9条には、以下の明確な規定が存在します。
【雇用保険法第9条(確認)】 厚生労働大臣(※実務上はハローワークの長)は、第七条の規定による届出若しくは前条の規定による請求により、又は 職権で 、労働者が被保険者となつたこと又は被保険者でなくなつたことの 確認を行うものとする。
すなわち、離職の事実や理由について疑義がある場合、ハローワークは「職権で(自らの権限と責任において)」事実関係を調査し、確認・認定する法的な権限を有しています。
2. 本件に存在した「確認されるべき3つの客観的状況」
本件においては、ハローワークが職権による調査・事実確認を行う対象となり得る、以下のような客観的状況が揃っていました。
①「700日の就労不能(労災)」という労働基準法上の事実
退職の背景には、労働基準監督署によって認定された「700日間の業務上負傷による就労不能」という事実が存在していました。これは労働基準法第19条(解雇制限)に関わる重大な事態であり、この期間中に労働者の自由な意思に基づく「自己都合退職」の合意が成立し得るのかについて、客観的な検証が求められる状況にありました。
②「1か月以上遅延した新規発行」という公的記録
会社が主張する退職日(8月17日)から1か月以上が経過した9月21日になって、再交付ではなく「新規」で離職票が発行されました。これは雇用保険法第7条が定める提出期限(離職の翌日から10日以内)を大幅に超過しており、会社側が長期間手続きを完了できていなかったことをシステム上の記録が示していました。
なぜハローワーク栃木は離職票が交付されたと事実と異なる案内をする必要があったのか?
③労働者からの明確な「保留意思」の存在
労働者は退職処理が進められる前の7月27日の時点で、「役所にご相談させていただいた後、回答をさせていただきたい」と会社にメールを送信し、退職手続きへの同意を明確に保留した記録が存在していました。
3. 法律の想定期間(3か月)を超過した審査の実態
雇用保険法第69条第2項において、行政への不服申し立てに対する決定期間は事実上「3か月」が限界(それ以上経過した場合は棄却とみなせる)として法的に想定されています。 本件において、ハローワークは上記のような客観的証拠(労災認定や遅延発行の記録)が提示されていたにもかかわらず、この法的な想定期間を超える「5か月」もの間、審査を継続しました。しかし、この異例の長期間を費やした結果としても、会社側の主張する枠組みを覆すような独自の事実認定や違法性の指摘が行われることはありませんでした。
なお、このハローワーク栃木の対応について、厚生労働省「国民の皆様の声」を経由し質問を申し入れましたが、回答はありませんでした。ハローワークの対応を国民の皆様の声で問い合わせ
4. 結論:職権調査の未発動と制度的帰結
「労災による長期就労不能」「1か月遅れの不自然な離職票提出」「労働者からの合意留保のメール記録」。これら客観的な事実が提示され、労働者からの異議申し立てがあったにもかかわらず、ハローワークは5か月間の審査を経て、法に基づく「職権調査」による独自の違法性判断や会社都合退職への認定を見送りました。
仮にハローワークが自らの権限を行使し、「実質的な会社都合である」「法定期限を徒過した不適切な処理である」と認定していれば、企業が受給する助成金要件の喪失等、重大な影響を及ぼし得る事案でした。 長期間にわたる審査が結果として「会社都合」の認定には至らなかったという経過は、 「行政が客観的な証拠を前に独自の事実認定を留保したことで、企業の既存の処理枠組み(自己都合退職)が実質的に維持された」 という客観的結果を示しています。
権限を有しながら行政が独自の事実認定を見送るという対応構造は、結果として、企業の不適切な労務管理に対する公的な評価を保留させ、助成金受給等の要件を維持させるための制度的な防壁として機能していると客観的に評価できます。