―― 任意の支払いを装う企業と、源泉徴収のパラドックス ――

本件事案において、企業側(住友生命)は、被災労働者に対して時間外労働等に対する金銭の支払いを行う際、「未払い賃金」という法定用語を一切使用せず、一貫して「追払い金・額(おっぱらいきん・がく)」という独自の呼称を用いて処理を進め、最終的に法務局へ供託を行いました。 しかし、会社側が作成した客観的文書と、国税庁が定める税法上のルール(タックスアンサー)を照らし合わせると、この『追払い金』という処理における 税法上のルールを逸脱した不適切な処理(脱法的な処理) が確認されます。

1. 法定用語を避けた「追払い金」という独自の表現

客観的記録によれば、会社側からの公式回答や振込送金依頼書において、この金銭は「過去の勤務に対する時間外手当の遡及支払い」と説明されながらも、一貫して「追払い額」と表現されています。 一般的な労務管理において、労働の対価として支払われるべきものが未払いとなっていた場合、それは当然に「未払い賃金」として取り扱われます。しかし、会社があえて「追払い金」という独自の表現を用いた背景には、「労働基準法上の未払い賃金が存在した(法違反があった)」という事実を正面から認めることを避け、会社からの任意の追加的支払いという外形をとることで、労働基準監督署からの是正指導や、賃金支払確保法に基づく「遅延損害金(年14.6%)」の適用を回避する目的があったと推認されます。
消えた「未払賃金とは」-東京労働局webサイト

2. 「税・社保の控除」が証明する「賃金」の自認と自己矛盾

会社側は上記のように未払い賃金としての法的責任を回避するような表現を用いていますが、その一方で、令和4年2月24日付の大阪人事室長名による文書には、以下の通り明確に記載されています。

「実際の送金額は、上記金額より所得税、社会保険料の調整額を控除した『180,098円』となります。」 1

この「所得税や社会保険料を控除(天引き)した」という客観的事実は、この金銭が任意の解決金等ではなく、労働の対価たる「賃金(給与所得)」に該当することを会社自身が公文書上で認めていることを示しています。「未払い賃金であることを否定して遅延利息の適用を回避しつつ、税務・社保の処理上は賃金として控除を行う」という会社側の対応は、法務的・論理的な整合性を欠いていると言わざるを得ません。

3. タックスアンサーが示す「源泉徴収・供託」の矛盾

さらに重大なのは、会社側がこの「税・社保控除後の金額」を法務局へ供託している点です。 国税庁のタックスアンサーNo.2509および所得税法の規定によれば、給与所得等の収入金額の収入すべき時期は、原則として 「現実に支払いが行われた時」 とされています。すなわち、給与等を支払う法人は、実際に支払いを行う時に初めて源泉徴収義務が生じます。本件事案のように、算定根拠等をめぐり当事者間で争いがあり、労働者が現実に金銭を受領していないにもかかわらず、支払いが行われたことを前提として源泉徴収等を行い、控除後の残額を供託するという処理は、税法上の原則と整合しません。現実に支払いの事実がない段階で税金や保険料を控除して供託を行うことは、税務当局が定めるルールを逸脱した不適切な処理であると評価されます。

4. 結論:行政処理を回避する説明と客観的証拠の矛盾

「未払い賃金という言葉を避けた『追払い金』という呼称」、「自ら賃金であることを証明した税・社保の控除」、そして「現実に支払っていない金銭からの源泉徴収と供託」。

これら客観的記録が示すのは、企業が法定義務(遅延利息の支払いや行政の是正指導)の適用を回避する目的で独自の呼称や手続を用いた結果、法制度の枠組みにおいて重大な矛盾をきたしているという実態です。 自らが発行した計算書に「所得税・社会保険料の控除」と明記した事実により、その金銭が賃金であることは客観的に証明されています。「追払い金」という独自の呼称を用いて法的責任を回避しようとする企業の説明は、国の税務ルール(タックスアンサー)および自らが作成した公文書によって、その論理的整合性を失っていると結論づけられます。