―― 企業回答と客観記録の不整合は、裁判の前に説明されるべき問題である
このページは「司法判断に委ねる」と会社側が言い出したという仮の話です。

1. 「司法判断に委ねる」という説明の限界

企業が労働問題について批判や疑義を受けた際、しばしば用いられる説明があります。

個別の事案については見解の相違があるため、最終的な法的評価は司法判断に委ねられるべきである。

この言葉自体は、一般論としては誤りではありません。
民事上の損害賠償責任、退職処理の効力、安全配慮義務違反の有無などについて、最終的な法的判断を裁判所が行う場面は当然に存在します。

しかし、本件で問題となっているのは、裁判所が最終判断を下すかどうか以前に、企業側の説明と客観的記録との間に存在する不整合です。

本サイトが問うているのは、単に「裁判で勝てるかどうか」ではありません。
企業が公的記録、当時のメール、労働者死傷病報告、離職票関連記録等と整合する説明を示しているのか、という問題です。

2. 司法判断に委ねても、客観記録は消えない

「司法判断に委ねる」という言葉によって、以下の客観記録が消えるわけではありません。 労働基準監督署により、700日の就労不能が労災として認定されたこと

  • 退職直前のメールに、休業・治療優先の申し出が記録されていること
  • 会社側が「休養してください」と応答していること
  • その一方で、後日の回答書では「休業の申し出はなかった」と説明していること
  • 退職関連書類について、労働者が行政機関への相談後に回答すると明記していたこと
  • 退職日後も、会社側が役場に対して「書類がないため手続きできていない」と説明していたこと
  • 退職届がないまま、後日「自己都合退職」として処理されたこと
  • 会社が業務起因性について「判断できない」としながら、労働者死傷病報告が存在していること
  • 未払い賃金とされる金額について、算定根拠が十分に示されないまま供託が行われたこと

これらは、司法判断の有無とは別に、すでに存在する記録です。
したがって、企業が「司法判断に委ねる」と述べるだけでは、これらの記録間の不整合について説明したことにはなりません。

3. 「法的評価」と「事実説明」は別である

本件において、企業側が混同してはならないのは、次の二つです。

区分内容
法的評価解雇制限違反、安全配慮義務違反、損害賠償責任など、最終的に裁判所が判断し得る事項
事実説明会社回答とメール・公的記録・行政記録がなぜ食い違っているのかについての説明

司法判断に委ねられるのは、主として前者です。

しかし、後者については、企業自身が説明すべき問題です。
自社が作成した回答書、自社の担当者が送信したメール、自社が行った退職処理、自社が行った供託手続について、企業自身が説明できないのであれば、それは「裁判所が判断すべき問題」以前に、企業の説明責任の問題です。

4. 「見解の相違」では片づかない記録の不整合

企業は、当事者間で見解の相違があると説明するかもしれません。

しかし、すべての問題を「見解の相違」と呼ぶことはできません。

たとえば、

  • 休業申出があったのか、なかったのか
  • 会社が「休養してください」と返信したのか、していないのか
  • 退職届が提出されたのか、されていないのか
  • 役場に対して「手続きできていない」と説明したのか、していないのか
  • 離職票がいつ発行されたのか
  • 死傷病報告がいつ提出されたのか
  • 供託の算定根拠を示したのか、示していないのか

これらは、単なる価値判断ではなく、記録によって確認されるべき事実関係です。
本サイトが問題としているのは、企業側がこれらの事実関係について、客観記録と整合する説明を示していない点です。

5. 司法判断に委ねるなら、なぜ行政処理では「適切」と主張できるのか

さらに問題となるのは、企業が一方では「司法判断に委ねる」と述べながら、他方では行政対応や社内処理について「適切に対応した」と主張する点です。

もし本当に法的評価が司法判断を待たなければならないのであれば、企業は少なくとも次のように述べるべきです。

本件については、当社として適切に対応したものと認識しているが、客観記録との関係についてはなお検証の余地があり、最終的な評価は司法判断に委ねられる。

しかし実際には、企業は「適切に対応した」と主張しつつ、不都合な記録との整合性については「判断できない」「見解の相違」「司法判断」として説明を回避しています。

これは、都合のよい場面では自社判断を確定的に述べ、都合の悪い場面では司法判断を理由に説明を避ける構造です。

6. 「司法判断」は説明拒否の免罪符ではない

司法判断に委ねることは、企業が説明責任を免れる理由にはなりません。

むしろ、司法判断に委ねると言うのであれば、企業側は少なくとも以下の点について、記録に基づく説明を示す必要があります。

  1. なぜ「休業の申し出はなかった」と説明できるのか1
  2. なぜ7月11日・12日のメールと会社回答が整合するのか2
  3. なぜ退職届なしで合意退職が成立したと判断したのか3
  4. なぜ役場には「書類がないため手続きできていない」と説明したのか4
  5. なぜ労災認定後も業務起因性について「判断できない」と説明し続けるのか5
  6. なぜ労働者死傷病報告が存在するのか6
  7. なぜ未払い賃金の算定根拠を十分に示さないまま供託を行ったのか7

これらは、裁判所の判決を待たなければ一切説明できない性質のものではありません。

企業が自ら行った処理について、企業自身が説明すべき事項です。

7. 本サイトの立場

本サイトは、司法判断を否定するものではありません。
また、裁判所に代わって最終的な法的判断を下すものでもありません。

本サイトの目的は、企業側の公式説明と、客観的記録との間に存在する不整合を整理し、労働行政が最終的な違法性判断を示さないまま処理を終了させた構造を検証することにあります。

したがって、企業側が「司法判断に委ねる」と述べるのであれば、本サイトは次のように問い返します。

司法判断に委ねるとしても、
その前提となる事実関係について、
企業は客観記録と整合する説明を示しているのか。

この問いに答えない限り、「司法判断に委ねる」という言葉は、説明責任を果たしたことにはなりません。

結論

「司法判断に委ねる」という言葉は、最終的な法的評価については一定の意味を持ちます。

しかし、それは企業の説明責任を消す言葉ではありません。

企業の公式回答と、公的記録、当時のメール、労働者死傷病報告、離職票関連記録、供託手続との間に不整合が存在する以上、まず問われるべきは、企業自身がその不整合をどのように説明するのかという点です。

司法判断の前に、説明責任がある。
そして、その説明責任が果たされないまま行政処理だけが「完了」とされたことこそが、本件における最大の問題です。

Footnotes

  1. 「休業の申し出はなかった」という回答の破綻

  2. 20210711送信/20210712受信

  3. 「合意退職」という大前提の完全破綻

  4. 「書類がないため手続きできない」という回答の破綻

  5. 事実の認否を回避する企業の論理

  6. 死傷病報告の存在が意味する「最大の自己矛盾」と行政処理の破綻

  7. 「自社では回答しない」とした会社から届いた「供託しました」とは?