—— 「判断できない」がもたらす、労働行政の判断停止構造
住友生命小山支社において発生した障害者雇用労働者の重大な労災事案(700日の就労不能1)について、企業側は「やらせていない」「把握していない」「判断できない」という説明2を現在に至るまで維持しています。
本来、客観的な労災認定が下った以上、業務と負傷の因果関係は公的に証明されており、使用者はその事実を前提とした安全配慮義務の履行状況を検証されるべき立場にあります。それにもかかわらず、なぜ企業は頑なに事実関係の評価を留保し続けるのでしょうか。
客観的証拠と制度の仕組みを紐解くことで、企業の「否認」が単なる当事者間の対立ではなく、行政による法的判断を回避するための強固な「防衛システム」として機能している実態が浮き彫りになります。
1. 労災認定の事実と「やらせていない」という説明の矛盾
労働基準監督署の調査により、本件の負傷は「業務に起因するもの」と公的に判断され、700日という長期の就労不能1が認定されました。 さらに重要なのは、この労災認定において「事故日が就労不能に至る約1年前」と認定されている事実です。この1年間のタイムラグは、被災労働者が主張する「継続的な業務強制」「痛みの報告」「受診の制約」といった経緯と極めて高い整合性を示しています。 一方で、企業側は当初から当該業務について「やらせていない」と説明しており、公的機関の客観的認定と企業側の説明との間には、合理的に説明不可能な決定的な矛盾が生じています。
2. なぜ「認めない」のではなく「判断できない」のか
本件事案の最大の焦点は、これが単なる雇用関係ではなく、「上肢障害があり、重量物の運搬等は免除される」という配慮義務を前提とした【障害者雇用】であり、企業が特定求職者雇用開発助成金等の対象となっていた点にあります。
雇用関係助成金の受給には、「労働関係法令の違反がないこと」という厳格な共通要件3が存在します。企業側がもし「配慮義務に反する業務を行わせていた」という事実を認めれば、それは単なる安全配慮義務違反にとどまらず、助成金の受給要件を満たさない不適切な雇用管理(全社的な助成金停止等の行政処分リスク)に直結する可能性を孕んでいます。 公的な認定事実を前にしてもなお、企業が「やらせていない」「判断できない」と強弁を維持し続けざるを得ない構造的理由は、この「全社的リスクの回避」にあると推認されます。
3. 企業の評価留保がもたらす「行政の判断停止」
企業が「把握していない」「判断できない」と事実の認否を回避し続けた場合、行政側はどうなるでしょうか。 本来であれば、労働行政が客観的記録に基づいて実態を推認し、必要な指導を行うべきです。しかし現実には、企業が評価の前提を与えない(事実を争う姿勢を見せる)ことで、行政側も「労使間で事実関係に争いがあるため判断できない」という状態に置かれます。 結果として、本件においても、総務省を通じた公式照会に対し、労働基準監督署は違法性の有無についての最終的な判断を示さないまま「必要な対応は全て完了している」4と回答し、処理を終結させています。 企業の「やらせていない」という否定は、単に事実を争うためではなく、行政判断が発生する条件そのものを強制的に回避・停止させるための位置取りとして機能しているのです。
4. 民事紛争への矮小化と過去の判例
この構造のもとでは、労働関係法令違反や助成金に関わるような重大なコンプライアンス上の疑義が存在しても、その前提となる行政の「評価」が示されないまま処理が終結します。そして最終的に、すべての問題は「個人の民事的な争い」へと委ねられることになります。
同社においては過去にも、業務中のバイク事故で入院した営業職員に対し、会社側が「入院中なので過重業務は継続していない」と主張して一旦は労災不支給となったものの、その後の長期間にわたる民事裁判により、会社側の安全配慮義務違反が明確に認定された事案(住友生命岡山支社労災不支給事件)が存在します。
⇒岡山支社労災不支給事件
結論
企業が文書上で繰り返す「判断できない」という弁明は、大企業が制度の性質を熟知した上で、行政の是正判断プロセスを意図的に停止させるための、巧妙なロジックの一部です。 労働者が客観的な労災認定を得たとしても、企業が事実の認否を留保するだけで行政の介入が停止し、事案が個別の民事紛争へと矮小化されてしまいます。本来、労働者保護を目的とする強行法規の仕組みが、このようにして実質的に無力化されていく現状について、その制度的整合性と法の執行の在り方が今まさに問われています。