本件は、労働基準法第19条(解雇制限)が適用されるべき事案です。
労働基準法19条は、業務上負傷・疾病による療養休業期間中およびその後30日間の解雇を原則として禁止する強行規定である。もっとも、形式上「合意退職」「自然退職」「休職期間満了退職」とされている場合であっても、その実質が解雇制限を潜脱するものである場合には、同条の趣旨に照らして無効と評価され得る。 住友生命側の弁明を記録の公平性の観点からあえて記録しています。
回答書と当時の客観的記録にみる退職処理の事実関係の不整合
住友生命保険相互会社(勤労室長名)は、労災で700日の就労不能となった障害者雇用労働者の退職処理について、労働組合に対する公式回答書(2024年11月27日付)において「丁寧に対応し、合意退職が有効に成立している」と主張しています。1
しかし、この回答書に記された「会社側の主張」を、当時の被災労働者と会社(総務部長)の間で交わされたメール履歴と照らし合わせると、そこには事実関係の重大な不整合と、労働者の明確な同意を欠いた状態での退職処理の実行が記録されている。2
1. 「休業の申し出はない」とする会社主張と記録の齟齬
【客観的事実(当時のメール記録)】 会社側は「休業の申し出はなかった」と回答しているが、当時のメールには、休業の申し出とそれに対する会社側の了承を示す記述が存在する。
- 2021年7月11日 労働者から総務部長宛メール:「体調不良を理由として会社を休ませていただきます。(中略)明日より治療に優先させていただきたく、ここに再度申出いたします。」全文
- 2021年7月12日 総務部長からの返信メール:「まずは治療に専念いただき、しっかりと休養をしてください。(中略)当面年休対応でいいでしょうか?」 全文
労働者からの切実な休業申し出に対し、総務部長自らが「休養してください」と応じたメール履歴が存在します。 勤労室長の回答は、自社が保有する通信記録の内容と明確に矛盾している。
2.「早期の退職要望」と「合意」という評価と保留意思の不整合
【客観的事実(当時のメール記録)】 保険証等の返却をもって「合意退職が有効に成立している」とする会社の主張は、労働者が書面で示していた「手続きの保留意思」の記録と両立しない。
- 2021年7月27日 労働者から総務部長宛メール:「退職日について、8/17での設定とのこと、理解いたしました。(中略)その他の退職届等につきましても、役所にご相談させていただいた後、回答をさせていただきたいと考えております。」 20210727送信
被災した職員は会社主導の手続きを保留し、行政機関の介入を求めて抵抗しています。貸与物を返却した事実があるからといって、行政機関への相談を理由に退職関連書類の提出を留保している労働者との間に、「合意退職が有効に成立している」と法的に評価することは困難です。
3. 第三者(役場)への「手続き未了」の説明記録
会社自身が、退職日として設定した日(8月17日)を過ぎた後も「退職手続きは完了していない(合意に至っていない)」と役場に対して説明していた事実です。3
【客観的事実(役場からの照会に対する対応記録)】
- 2021年8月19日 総務部長から労働者宛メール:「昨日壬生町役場の住民課のご担当から退職日の照会のお電話がありました。(中略)当方からは『退職日は8/17の予定ですが、書類の送付がないためまだお手続きができていません』と回答せざるを得ず」 20210819受信
住友生命は回答書で「健康保険証等が郵送で送付されてきていることからも、合意退職は有効に成立していると判断」と主張していますが、まさにその直後の8月19日時点で、第三者(役場)に対しては「書類(退職届等)がないため手続きできない」と自ら回答し、 健康保険の切り替えを『停止』させています。 当時の自らの認識・対応と、現在の「合意退職は有効に成立している」という主張とは整合しない状態となっている。3
4. 「やむなく退職処理を行った」という記述が示す性質
【客観的事実と結果の符合】
この回答の記述自体が、本件事案が双方の「合意退職」ではなく、会社主導による「退職処理の実行」であったことを客観的に示しています。
被災者が退職書類を「受取拒絶」し、「直接の連絡が取れず」「退職手続きが留保」されている状態であったことを、会社自らが認めています。(なお、健康保険手続き不能という不利益の危機を招いたのは、役場に「手続きできない」と回答した会社自身です。) 労働者の 明示的な同意(署名のある退職関連書類)が得られていない状況下において、会社が 「やむなく」「自己都合退職と判断して」処理を完結させた行為を、法的な「合意退職」と評価することには疑義が生じる。
5. 離職票の「9月21日新規発行」という公的メタデータとの不整合
回答書における主張の不整合は、ハローワークの公的システム上に記録された発行履歴(メタデータ)によっても確認できる。
雇用保険法のルール上、離職票(資格喪失届等)は「離職の翌日から起算して10日以内」に提出することが事業主に義務付けられています。
しかし、会社が退職日として主張する「8月17日」から10日以内には発行手続きは行われませんでした。
実際の離職票が発行されたのは、退職日から1ヶ月以上が経過した 「9月21日」 であり、しかもそれは被災者がハローワーク(職安)の指示に従い再交付の手続きを行った事による 「新規発行」 でした。
回答書にある「9月2日に貴組合よりあった要求書に対応した確認の結果、自己都合退職と判断して発行申請したもの」という会社自身の一言は、 「8月17日の時点では退職処理を保留していたが、9月に入ってから労働者の合意がないまま退職日を遡らせて離職票を新規発行した」という事実経過を、回答書自らが裏付けていると評価できます。
結論
住友生命勤労室長による回答書は、自社の総務部長が当時発信したメール記録、役場への対応記録、そして離職票の公的発行記録と照合することで、その事実認定の根拠が成り立たないことが確認できます。
そこに残る客観的記録は、「丁寧に対応した結果の合意退職」を裏付けるものではありません。
労働者が行政機関の介入を求めて書類の提出を留保していた事実と、手続きの遅滞を理由として、労働者の署名がないまま会社が「自己都合退職と判断して」退職処理を実行したという、事実経過のみです。