―― 労働行政の対応経過と重なる、企業による供託手続の検証 ――

■ 労働者側が提示していた「穏便な解決」と、会社側による対話の打ち切り

住友生命保険相互会社・大阪人事室は、未払い賃金問題に関して、「本人が振込依頼書を返送してこないため、やむなく法務局へ供託した」と説明しています。

この説明だけを読むと、あたかも労働者側が受領を拒絶したため、会社側が供託という手段を選択せざるを得なかったかのように見えます。

しかし、書面記録を確認すると、被災者は一貫して「関係法令に基づく反証や適切な提案があれば真摯に検討する」と述べており、未払い額の算定根拠、PCログ、就業規則その他の資料開示を求めていました。 これは、単なる受領拒否ではなく、提示された金額の根拠を確認したうえで、適正な解決を図ろうとする対応であったと整理できます。被災者側は未払い賃金、算定根拠、就業規則、労働時間記録、遅延損害金などについて具体的に資料開示と説明を求めていたことが整理されています。12

これに対し、会社側は算定根拠の開示に応じず、「今後は労働基準監督署を通じて確認してほしい」「今後同様の申し出には回答しない」として、以後の直接的な説明・協議を打ち切る姿勢を示しました。34

また、住友生命勤労部_第二回回答書5では、「追払金額の根拠が解らないという理由で振込送金依頼書が白紙で返送されてきたため<中略>やむなく供託したものです。」と被災者の要求を踏まえて回答していますが、追払金額の根拠はいまだに提示されていません。

このような経過を踏まえると、後に行われた供託は、単に「労働者側が受領を拒否したために行われた手続」とだけ説明するには不十分です。 むしろ、会社側が根拠資料の開示や具体的説明を行わないまま、未払い賃金問題を一方的に処理しようとしたものではないかという疑問が生じます。


1. 「法の隙間」ではなく、強行法規との関係で検証を要する問題

会社は、自ら直接の説明対応を打ち切った後、約10か月を経て、法務局へ未払い賃金とされる金額を供託しました。6

しかし、この供託手続については、労働基準法上の賃金支払原則や、退職労働者に対する未払い賃金の遅延利息との関係で、重大な疑義があります。

■ 労働基準法第23条(退職時の金品返還義務違反)との関係

労働基準法第23条1項は、「使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い(中略)労働者の権利に属する金品を返還しなければならない」と定めています。この規定は、退職する労働者の生活をひっ迫させないための強行法規です。

本件において、被災労働者は未払い賃金の精算と算定根拠の開示を求めていました。しかし会社側は、独自の「振込送金依頼書」への署名と返送を支払いの絶対条件とし、それが返送されないことを理由に支払いを長期間留保したうえで供託に及んでいます。 労働基準監督署が公開している公式見解(名古屋南労働基準監督署・令和4年7月「労働相談等からみる労働関係法令Q&A」)においても、「会社の独自の規定(給与日等)に関わらず、退職時の未払い賃金は請求から7日以内に支払わなければ労働基準法違反となる」旨が明示されています。 したがって、法令で義務付けられた「7日以内の支払い」を履行せず、法律に定めのない「自社指定書面への同意(署名)」を要求して支払いを拒んだ会社の対応自体が、直ちに労働基準法第23条1項違反を構成する疑いが極めて強いと言えます。

さらに同条第2項では、

「前項の賃金又は金品に関して争がある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならない。」

と、争いの有無は支払いを留保する正当な理由にならないことが明文化されています。 本件において、 会社側は自ら未払い賃金の一部(追払い額)を算定・提示しており、この金額はまさに同項の「異議のない部分」に該当します。 算定根拠に関する争いや独自書面の未提出を理由に、会社側が自ら認めた金額の支払いまでも長期間留保し、事後的な供託によって処理を完結させようとした行為は、この第2項の規定をも明白に潜脱するものです。

■ 賃金直接払いの原則との関係

労働基準法第24条は、賃金の全額払い・直接払いを原則としています。

本件では、会社は毎月の給与を振り込んでいた給与口座を把握していたはずです。 したがって、会社側に支払意思があり、かつ金額について会社が確定していると考えていたのであれば、従前の給与口座へ振り込むという方法も考えられます。

それにもかかわらず、会社は給与口座への振込ではなく、別途「振込依頼書」への署名・返送を求めました。 そして、その振込依頼書が返送されなかったことを理由として、「受領拒否」またはそれに類する外形を前提に、供託手続を選択しています。

この経過からは、次の疑問が生じます。

  • なぜ既存の給与口座へ支払わなかったのか
  • なぜ算定根拠を開示しないまま振込依頼書への署名を求めたのか
  • 振込依頼書に署名しなかったことを、直ちに受領拒否と評価できるのか
  • 供託が、賃金支払義務の履行として有効に機能する条件を満たしていたのか
    この点は、単なる手続上の選択ではなく、労働基準法第24条の趣旨との関係で慎重に検証されるべき問題です。7

■ 遅延利息の支払い義務との関係

会社は、供託金から所得税や社会保険料を控除したと説明しています。

このことは、少なくとも会社自身が当該金員を「賃金」または給与性を有する金員として取り扱っていたことを示す事情といえます。
さらに、会計的にも税法上も誤っている疑いがあります。8

一方で、退職後の未払い賃金について問題となる賃金の支払の確保等に関する法律第6条の遅延利息については、会社側は「争いがある」ことなどを理由として、支払わないと回答しています。

しかし、ここで問題となるのは、その「争い」がどのように生じたのかという点です。

被災者側は、未払い額の算定根拠や客観資料の開示を求めていました。 会社側がそれに応じず、金額の根拠が不明な状態を維持したまま、「争いがある」として遅延利息の支払いを否定するのであれば、結果として、資料不開示によって作られた不明確さを根拠に、法定の遅延利息を回避しているようにも見えます。

したがって、本件供託は、単なる「法の隙間」を利用した処理というよりも、

  • 賃金支払義務
  • 算定根拠の説明義務
  • 退職後未払い賃金に対する遅延利息9
  • 供託の要件

との関係で、法令上の重大な疑義を含む手続であったと整理できます。

供託書の提出時期と労基署対応の俯瞰的考察2

Footnotes

  1. 20220317被災者

  2. 20220407被災者

  3. 20220330大阪人事室長

  4. :20220415大阪人事室長

  5. 住友生命勤労部_第二回回答書

  6. :供託書01

  7. 住友生命の供託理由は成り立つのか?

  8. タックスアンサーNo.2509

  9. 消えた「未払賃金とは」-東京労働局webサイト